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2003年1月12日 後楽園ホール
豊田vs山田のAAAW戦が実現
全女マット以来となる豊田と山田のシングルマッチがAAAW王座戦で実現。
挑戦者・山田を下した豊田は、試合後に握手を求めたが、山田はこれを拒否した。
また、D-FIXは観客・リングアナに無差別暴行。新聞沙汰にもなるなど、度を超えた暴挙に、団体から謹慎処分が下った。


2003年3月9日 後楽園ホール
D-FIX暴走、堀田強行乱入
謹慎処分の明けたD-FIXがまたも暴走。これに広田がエキセントリックでの出陣を表明し、横浜での両軍による髪切りマッチが決定した。
また、メインではシングル王者・豊田が里村をAAAW次期挑戦者に逆指名。
更に堀田祐美子が強行乱入し、リング上でアジャと一触即発となり、横浜での遺恨戦が決定した。


2003年4月6日 横浜文化体育館
旗揚げ8周年記念大会
春のビッグマッチ・旗揚げ記念大会を横浜で開催。
アジャと堀田は延長戦の末にノーコンテスト、髪切り戦は敗れたD-FIXがポリスもろともスキンヘッドに、AAAW戦は豊田が里村を返り討ちにして王座防衛に成功した。
また、GAEAプロデュースによる男子外国人選手“GAEA BOYZ"が登場。大きな注目を集めた。


2003年5月18日 後楽園ホール
世代闘争開戦
平成世代vs昭和世代の4大シングルは昭和世代が全勝。
勝ち誇るアジャに永島が噛みつき、世代闘争がスタートした。
続く6月大会では、里村が長与に宣戦布告。事態を静観していた長与・関西・山田も昭和世代に合流し、GAEAマットは平成世代、昭和世代、D-FIXの3派に分かれた。


2003年7月5日 お台場ドリームメーカー
世代闘争開戦
GAEA平成世代+浜田文子が提唱した平成世代による大会“at Pack Match”が実現。
永島らの呼びかけにNEO、そして交流の途絶えていた全日本女子の同世代選手が団体の枠を超えて共鳴し、わずか3週間という短い準備期間の中、第1回大会を成功させた。


2003年8月17日 後楽園ホール
暫定王者決定トーナメント開催
シングル王者・豊田の長期欠場をなじった尾崎の一言に端を発し、王座返上問題が、暫定王者を決めるトーナメント戦へと発展。D-FIXの横槍や、勝ち残った関西の負傷欠場などで、もつれにもつれた同トーナメントは、紆余曲折の末に関西が優勝を果たした。


2003年10月13日 後楽園ホール
クラッシュvsD-FIX、有刺鉄線決着戦
9月に実現したクラッシュvsD-FIXのタッグ戦は井上貴子が乱入し、不透明な反則決着。
クラッシュが井上貴子を加えての、2vs3ノールール戦での決着を要求すると、D-FIXは有刺鉄線を持参し、ロープ、リング下とあらゆる場所を有刺鉄線でデコレート。有刺鉄線+数の利でクラッシュを攻め込んだD-FIXだったが、最後は飛鳥が尾崎を逆転で下した。


2003年10月24日 シーハットおおむら
長与千種、故郷凱旋
長与千種の故郷・大村市での大会が実現。市及び関係者の尽力により実現した同大会はチャリティ大会として開催され、前列では児童福祉施設の子供達が試合を観戦した他、長与の母校・玖島中学のブラスバンド部と自衛隊によるチャリティ演奏なども行なわれた。
ビッグマッチクラスの演出が施された同大会には4000人以上の市民が来場、クラッシュ2000として登場した長与の勝利に場内が沸きかえった。


2003年11月30日 後楽園ホール
AAAW2大タイトル戦
AAAWシングル・タッグ2大王座戦が後楽園で実現。シングル王座は夏のトーナメントの優勝者・関西が王者・豊田に挑戦。関西が悲願のベルト奪取に成功し、新王者となった。
タッグ王座は永島&里村組に、異色チーム・広田&天野が挑戦。タッグ戦史上に残る名勝負の末、王者組が挑戦者組を下した。


2003年12月14日 後楽園ホール
ハイスパート600トーナメント
恒例企画・ハイスパート“600"トーナメントが後楽園で開催。
王者・関西への挑戦権を賭けた同トーナメントは、植松・里村を下した永島と、天野・広田を下した浜田が決勝に進出し、熱戦の末、浜田が初優勝。2004年度第1戦での王座挑戦権を獲得した。